お笑いトリオ「四千頭身」の都築拓紀さん。
ポケモン好きで穏やかなキャラが幅広い世代に愛されていますが、実は小中高とずっと野球を続けていたって知っていましたか?
「テレビではよく見るけど、学生時代のことはあまり知らない」という方も多いはず。
今回は都築さんの学歴を出身小学校から順番に整理しつつ、芸人になったきっかけまで一気に深掘りしていきます。
読み終える頃には、都築さんのことがぐっと身近に感じられるはずです。
都築拓紀の学歴・経歴プロフィール
まずは基本プロフィールから確認しましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 都築拓紀(つづき ひろき) |
| 生年月日 | 1997年3月20日 |
| 出身地 | 茨城県龍ケ崎市 |
| 身長 | 176cm(公式プロフィール) |
| 血液型 | O型 |
| 小学校 | 龍ケ崎市立城之内小学校 |
| 中学校 | 龍ケ崎市立中根台中学校 |
| 高校 | 千葉県立印旛明誠高等学校 |
| 所属 | ワタナベエンターテインメント |
出身は茨城県龍ケ崎市。
妹と弟がいる3人兄弟の長男だそうです。
趣味はポケモン、遊戯王、野球など、子供の頃からゲームやアニメが大好きな少年だったようですね。
都築拓紀の出身高校は千葉県立印旛明誠高校!野球部に所属
都築さんの出身高校は、千葉県立印旛明誠高等学校です。
この学校を選んだ理由のひとつが、硬式野球部の存在でした。
高校時代は野球で活躍(甲子園準優勝の古豪)
印旛明誠高校の硬式野球部は、県内でも伝統のあるクラブ。
旧校名「印旛高校」時代には、春の選抜に1978年と1981年、夏の甲子園に1983年に出場しています。
なかでも1981年春の選抜では決勝まで勝ち上がり、優勝まであと1勝というところでPL学園に1対2で敗れ、準優勝という記録を残しました。
都築さんが生まれる16年前の話ですが、そんな古豪の伝統を受け継ぐ野球部で、しっかりと汗を流していたんですね。
なお、千葉県立印旛明誠高等学校の公式サイトでも、野球部が1981年に春の選抜甲子園大会で準優勝したことが紹介されています。
高校卒業後は大学へ進学せず
高校卒業後、都築さんは大学には進学していません。
本人がインタビューで明かしたところによると、小学6年生のときに母親から「高校卒業するまでに、大学入学以外の道を決めてくれ」と言われていたそうです。
この言葉があったからこそ、お笑いの道へ迷わず進めたのかもしれません。
母親らしい愛のあるひと言、というエピソードですよね。
都築拓紀の中学校・小学校は?「小学3年で芸人宣言」
イベントが確実に近付いている。
— つづきひろき 四千頭身 (@tzk0320) July 9, 2026
備えるんだ。#都築サクラバシ919#地方局の深夜ラジオってレベルじゃねーぞ https://t.co/AEoOiTN7pT
続いて、中学校と小学校時代を見ていきましょう。
出身中学校は龍ケ崎市立中根台中学校(野球部)
中学校は、地元の龍ケ崎市立中根台中学校。
ここでも野球部に所属していました。
中学・高校の6年間、ずっと野球を続けていたわけです。
この頃培った運動神経の良さが、今のバラエティでの体を張った芸につながっているのかもしれませんね。
出身小学校は龍ケ崎市立城之内小学校
小学校は、龍ケ崎市立城之内小学校(市の公式サイトでは「城ノ内小学校」と表記されることもあります)。
2023年には母校を訪れて講演会を開催したことも。
龍ケ崎市の公式資料でも、都築さんが同校の卒業生で、2023年11月2日に母校で講演会を行ったことが確認できます。
保護者向けには「厳しく育てられた」思い出を熱く語り、児童向けには「お笑いを選んだ理由は?」という質問に「高校時代、自分が一番面白いと自覚してお笑いの道に。今でもその夢を追いかけてる」と答えたそうです。
体育館を埋めた児童たちの心をしっかりつかんでいたというエピソードからも、地元を大切にしている人柄が伝わってきます。
小学校時代から「お笑い芸人」を志す
都築さんが芸人を志したのは小学生の頃。
クラスで「お笑い芸人になる」と宣言していたというエピソードが、本人が明かしたエピソードとして広く紹介されています。
「小学3年生のとき」という説もありますが、学年まで本人が明言したかどうかは定かではありません。
当時は「エンタの神様」や「爆笑レッドカーペット」といったお笑い番組が大好きで、よくテレビを見ていたそうです。
子ども時代に芽生えた夢が、今につながっているんですね。
都築拓紀が芸人になったきっかけと四千頭身結成まで
では、実際にどうやって芸人の道へ進んだのでしょうか。
ワタナベコメディスクールへ入所(22期生)
高校卒業後、都築さんは「ワタナベコメディスクール」へ入所しました。
ワタナベエンターテインメントが運営するお笑い養成所で、いわば芸人を目指す人たちの学校のような場所です。
都築さんはこのスクールの22期生として、基礎からお笑いを学びました。
お笑いナタリーのインタビューでも、四千頭身の3人がワタナベコメディスクール22期生として出会ったことが紹介されています。
後藤拓実・石橋遼大との出会い
その養成所で出会ったのが、後藤拓実さんと石橋遼大さん。
後藤さんは岩手県、石橋さんは東京都の出身です。
3人はそれぞれ別の場所から、お笑いという同じ夢を追いかけてこの場所に集まりました。
お笑いトリオ「四千頭身」としてデビュー
3人は2016年にトリオ「四千頭身」を結成し、同年12月放送のフジテレビ「新しい波24」でテレビ初出演を果たします。
脱力系の漫才で注目を集め、2019年には「M-1グランプリ」準決勝に進出。
ここから一気にブレイクしていきました。
その後も2018年に冠ラジオ番組「四千ミルク」がスタートするなど、活動の幅を広げています。
四千頭身の結成時期や22期生としての出会い、2016年のデビュー、2019年のM-1グランプリ準決勝進出などは、お笑いナタリーのプロフィールでも確認できます。
まとめ
都築拓紀さんは、龍ケ崎市で生まれ育ち、小中高と野球に打ち込みながら、小学生の頃から芸人という夢を持ち続けてきた人物でした。
大学には進学せず、お笑い養成所で仲間と出会い、四千頭身として今の活躍をつかんでいます。
母校での講演会エピソードからも分かるように、地元や後輩を大切にする姿勢が伝わってくる方だなと感じます。
子どもの頃からの夢をぶれずに追い続けてきた歩みは、多くの人の背中を押してくれるものではないでしょうか。
なお、2026年8月18日には、都築さんが東京都迷惑防止条例違反の疑いで書類送検されたと報じられ、所属事務所は当面の間、謹慎処分とすることを発表しています。
四千頭身については、後藤拓実さんと石橋遼大さんの2人で活動を続けると所属事務所が発表しています。
今後どのような形で活動を続けていくのか、続報を見守りたいと思います。

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